HSPIN

1997年に活動を始めたスイスのブランド。元々ChirsK氏がCadのソフトを扱う仕事をしていた関係で自分自身でヨーヨーのデザインを開始。エンジニアとしての知見も活かし最高のヨーヨーを思いついたつもりなのに周りの工場はまともに取り合ってくれなかったため、自身で会社を起こしてヨーヨーの制作を始める。Made in Switzerlandを一つの売りにしていて、最初の市販モデルはなんと薄型のアルミニウムボディーに真鍮リムのバイメタル。その存在が広く知られるようになったのはラウンドバタフライのバイメタル、Good and Evil シリーズから。機種の殆どが、Dサイズベアリングを搭載していてブランドを象徴する一つのスペックともなっていた。ChrisK氏の使いやすい、ではないどちらかというと”変な”独特のデザインセンスがヨーヨーコレクターを中心にファンを生み出した。

2005年にChrisK氏自らのデザインで発売されたPYROがブランドを飛躍させる転換期となりコレクションモデルから”競技用”のトレンドにシフトしていく。

日本からは東シンヤ選手がメンバーとして所属し、CUTを使用して大会で活躍、シグネチャーカラーも発売された。未発売のシグネチャーモデルもプロトタイプがあったようだ。

コンペティションチームというコンセプトではないHSPINファミリーと言う形で様々な利害関係を乗り越えたプロモーションチームが存在していたのも独特で、HSPINネットワークと言う形で公式サイトでログインをするとそのコミュニティーに参加できるのも特徴だった。コミュニティーをまとめ、多くのプレイヤーからフィードバックを得て製品化をしていくという”プロジェクト”として運営されていたのが他のヨーヨーブランドとも一線を画していた。

2012年に娘ができたことと新しい仕事を得たことでヨーヨーに割ける時間が少なくなり、外部のデザイナーや出荷、プロモーションなどアウトソーシングを試みたが借金が膨れていってしまい、キャパを超えたのでコミュニティーから去る、という動画を投稿して活動を一旦休止。(当時のTakaのブログにて解説)2010年頃からすでに斜陽期に入っていたHSPINだが、Pyroに続く大成功となったEnvyシリーズをリファインし、ChirsK氏が最後に渾身のデザインによるBeyondEnvyを発売し、最後にHSPINらしさを打ち出していく。HSPIN=ChrisK氏のデザインセンス、といっても過言ではなかったブランド。終焉期にはデザインを人に任せたり、芯がぶれてトレンドを取り入れてしまったことが失敗だったと自身で反省を述べている。

一つの時代の終わりを象徴するとともに、SNSで活動の終了を最後まできちんと行い一区切りをつけたのもHSPINらしさであった。

人気のあるコレクションとしてはG&Eシリーズ、パイロ、エンビー、カットなどでバージョン違いが多く存在。店舗や地域限定も多く入手が困難なモデルも多く、当時、世界中のサイトや関係者に連絡を取りながらコレクションをしていたのはいい思い出

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PYROコレクションリスト

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G&Eシリーズコレクションリスト
当時のメンバーのノエルクランツがコメントを入れてくれてます。